東北医科薬科大学 医学部 医化学教室
Tohoku Medical and Pharmaceutical University, Division of Medicine, Department of Medical Biochemistry


研究内容
出芽酵母における
複合型スフィンゴ脂質の生合成と生理機能
複合型スフィンゴ脂質とは
スフィンゴ脂質は、細胞膜を構成する主要な脂質の一つであり、膜の物理的性質や細胞内シグナル伝達など、さまざまな生命現象に関与しています。出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)には、イノシトールホスホリルセラミド(IPC)、マンノシルイノシトールホスホリルセラミド(MIPC)、マンノシルジイノシトールホスホリルセラミド(M(IP)₂C)という3種類の複合型スフィンゴ脂質が存在します。
これらは、疎水性領域のセラミドを基本骨格として、親水性領域の構造が段階的に変化することで合成されます。また、セラミド部分の水酸基の数や位置によって、さらに5種類(A、B、B′、C、D型)に分類されます。こうした構造の多様性が、細胞にどのような影響をもたらすのかは、重要な研究課題です。
MIPC合成酵素の同定とカルシウムによる制御
私たちは、これまでにIPCからMIPCへの変換を担う酵素の研究を進め、既知のSur1(Csg1)に加えて、新規MIPC合成酵素としてCsh1を同定しました。Sur1とCsh1は機能的に重複する一方、セラミド構造の異なるIPCに対して異なる基質特異性を示します。さらに、両酵素が現在ではカルシウムチャネルと想定されているCsg2とそれぞれ複合体を形成し、MIPCの合成活性が制御されることを示しました(Uemura et al., (2003) J. Biol. Chem.)。
その後の研究では、Csg2が単なる酵素活性の調節因子ではなく、酵素の細胞内輸送やタンパク質量の維持にも関与することを明らかにしました。特にCsh1は、Csg2が存在しないと小胞体からゴルジ体へ正常に輸送されません。また、培地へのCa2+添加によってSur1の発現量が増加し、IPCからMIPCへの変換が促進されることを示唆しました(Uemura et al., (2007) J. Biol. Chem)。
MIPC合成酵素へのアスパラギン(N)結合型糖鎖修飾が担う生理的役割
Sur1とCsh1は、いずれもゴルジ体内腔側に酵素活性領域を持つ2回膜貫通型タンパク質であり、N結合型糖鎖修飾を受けています。しかし、その糖鎖構造は両酵素で大きく異なります。Sur1には比較的小さなコア型糖鎖が付加されるのに対して、Csh1の一部には、多数のマンノースからなる巨大なマンナン型糖鎖が付加されます。基本的に細胞内に局在する糖タンパク質にはコア型糖鎖が付加され、細胞外に運ばれる糖タンパク質にマンナン型糖鎖が付加されるので、ゴルジ体で働く酵素としてCsh1は非常に珍しい特徴を有していると言えます。
私たちは、糖鎖修飾部位の変異解析によって、N結合型糖鎖がSur1とCsh1の基質認識に関与することを明らかにしました。さらに、マンナン修飾が糖鎖付加配列(NXS/T)の位置に依存することを突き止め、本来マンナン修飾を受けないSur1に人工的にマンナン修飾が起こるようにすると、タンパク質の安定性が著しく低下することを示しました(Uemura S. and Moriguchi T., (2022) Glycobiology)。
複合型スフィンゴ脂質の構造と細胞膜のダイナミクス
複合型スフィンゴ脂質の役割を理解するには、生合成の調節機構だけでなく、作られたされた複合型スフィンゴ脂質が細胞膜の性質にどのような影響を与えるかを明らかにする必要があります。
私たちは、セラミド部分の水酸基を欠損させた変異酵母を用いて、細胞膜タンパク質の側方の動きを光退色後蛍光回復(FRAP)法によって解析しました。その結果、MIPCとM(IP)₂Cを合成できない条件下では、特定の水酸基の欠損によってグルコース輸送体Hxt1の細胞膜内での側方拡散が著しく低下することを発見しました。また、トリプトファン輸送体Tat1の細胞内分布やタンパク質量にも異常が認められました(Uemura et al., (2014) J. Lipid Res.)。これらの結果は、スフィンゴ脂質の親水性頭部やセラミド部分のわずかな構造の違いが、膜タンパク質の動態や細胞膜機能に大きく影響することを示しています。
研究の展望
以上の研究から、出芽酵母の複合型スフィンゴ脂質は、単なる細胞膜の構成成分ではなく、その生合成が精密に制御され、細胞膜の機能や環境ストレスへの適応に関わる重要な脂質であることが明らかになってきました。私たちは、これらの知見を基盤として、複合型スフィンゴ脂質の代謝、膜ダイナミクス、カルシウム恒常性の相互関係を解明することを目指しています。

